月/THE MOON

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「月」のカードには、文字通り夜空に輝く月が描かれています。月の中央には目を閉じた静かな横顔、下方には吠える犬と狼、水から這い上がるザリガニ、中央には彼方まで続くうねった道が描かれており、とりわけ左右にそびえる二つの塔の存在は、このカードに謎に満ちた印象を与えています。全体のイメージは不安気であり陰鬱な雰囲気に満ちています。単純に「夜空に輝くお月さま」といったイメージではありません。

「月」といえば女性性のシンボル。「月の引力」が海の満潮、干潮を引き起こし、生命の誕生に神秘的な働きかけをしていることは科学的にも注目されています。地球上のすべての生命が、月の満ち欠けのリズムとともにその営みを繰り広げ、人間もその例外ではありません。特に女性は、月経や出産を経験しますので、月のリズムには敏感になるようです。

人間の身体は水分量が多いため、海の満干と同様、月の引力に影響を受けやすいと言われています。特に、満月の夜には犯罪や事故が増えるという統計から、ホルモンバランスや神経系統に何らかの変化があるのではないかと推測されています。このような理由から「満月」は「狂気(lunatic)」とも結びつけられてきました。月は、夜空に輝く美しい女性のようでありながら、何かこの世ならぬ得体の知れない恐怖感を与える存在でもあるわけです。




「月の女神」は、一般的にギリシア神話のアルテミスが知られています。狩猟を司る事から猟犬を連れた若く美しい女神として表現される事が多く、処女性のシンボルでもあります。ライダー版の「月」の横顔は、アルテミスの横顔であると言われています。一方で、まるで反対の側面を象徴するような月の女神ヘカテ(ヘケート)の存在も無視することはできません。ヘカテは、夜と魔術・出産を司る女神で、冥界に属しており、地獄の番犬を連れて夜の三叉路に現れるとされています。女神ではありますが、やや妖怪的存在として認識されています。さらに月の女神にはセレネーという存在もあり、3人の女神が月に関わっています。「月」がいかに複合的な意味を内包しているか、このことからも推測できます。

「月」のカードの意味は「不安」「ノイローゼ」「悪い噂」「裏切り」「妄想」「夢」「変化」など、どちらかというとネガティブな意味合いの言葉が並びます。

では「月」のカードが、何を表しているのかを、描かれているシンボルに注目して、ひもといてみたいと思います。

まずは、ザリガニ。「月」は、かに座の守護惑星とされているので、「月」のカードにザリガニが描かれているのは、占星術との関連づけではないかと思われます。

犬は、アルテミスの猟犬と考えることもできますが、ヘカテも地獄の番犬を連れています。地獄の番犬はケルベロスなどとも呼ばれ、単純な犬の姿ではなく異形の存在です。狼の形ではありません。しかし、犬と狼はアルテミスとヘカテ、表と裏、光と影のような「相対する存在」を表しているのかもしれません。なぜならば狼は、昔から魔術と強く結びついている獣であり、ヘカテは魔術を司る女神だからです。

狼は夜の動物。犬と姿は似ていますが、人間の家畜になることなく、時には牧畜や人間を襲うことから、害獣として常に人々に恐れられてきました。犬が人間の家畜として、ときには友達や家族のように接されてきた歴史と比べると、実に対照的な存在です。悪の代名詞のように扱われてきた狼ですが、昔の人々は、狼には魔力があると信じていました。





「狼の乳を飲むと妊娠できる」という伝説を信じて実行した女性が、高齢で出産し、子供は生まれたものの忌まわしき魔女として葬られたというドキュメントを先日テレビで見ましたが、中世ヨーロッパでは、魔術と狼は密接に結びついていたようです。魔女は狼の姿で現れる、魔女は狼の背にまたがってサバトに行く、など。また、人間を守る魔力もあり、狼の皮の帽子をかぶっていると誹謗中傷されない、狼の目玉を身につけていると誰からも敵視されない、狼が口をあけた剥製を戸口に飾ると盗賊や悪魔から守られる、など、狼の歯、尻尾、そのすべてが「厄よけの効力」を持つとされていたようです。「魔力のある獣」だったのです。

ヨーロッパでは13世紀頃から「人間狼」という表現があるそうです。魔的な存在ではありますが、その実態は、共同体の平和を乱す犯罪を行った者が、家族とも一切の関係を絶たれた上で追放され、森に放浪し「人間狼」となった。彼らは「社会のはみだし者」「社会秩序のなかで正当な地位を得られない者」です。たいがいは厳しい冬の森で死んだと考えられていますが、生き延びた人々が「人間狼」として魔的な存在になったようです。

「月」のカードにおける狼の存在は、上記のような、狼にまつわる伝説や歴史を内包していると考えても良いかもしれません。「月」のカードの「不安感」には、「悪い噂」「誹謗中傷」など、個人の社会生活を脅かす要素が盛り込まれています。

真ん中にうねる細い一本道は、この社会からの「追放」を象徴しているのでしょう。道はザリガニから伸びています。ザリガニ=かに座、の構図から解釈すれば、かに座の象徴する「家族」「庇護」「仲間」といった枠組みからの「離脱」「追放」を暗示していると考えられます。つまり「差別」や「仲間はずれ」「いじめ」などが具体的な意味として浮かび上がってきます。

左右にそびえる二つの塔は、いうなれば「冥界の門」。ここを越えたら、この世とあの世のように世界が180度変わってしまう。道はその先までも続いているのだけれど、越えてはいけない「境界線」を象徴していると考えられます。

最後に「アルテミスの横顔」ですが、見るからに「お悩み中」という印象です。「月」そのものは「人間の心の有り様」を表現しているのでしょう。満ち欠けをくりかえし、常に形を変化させる月は、「人の心の変化」に例えられる事も多く、特に占星術では同一視されています。

「月」は、人間関係に深く根ざしたカードです。このカードが出たならば、そこには深く悩ましい問題が存在します。それは「周囲と個人」の問題であり、「社会的な立場」を脅かされるような要素を含んでいるかもしれません。あやうい状況であると判断できます。




投稿者:

イレーヌ・パープル

タロット・占星術研究&実占家