正義/THE JUSTICE

justice

「正義」のカードに描かれている人物は、男性か女性かいまひとつ判然としない雰囲気ですが、おおむねの解釈は女性です。ギリシア神話の女神アストレーアの姿と重ね合わせられることが多い「正義」のカードは「裁判の女神」と呼ばれることもあります。

欧米の裁判所には、たいがい女神像が立っており、それは「正義」のカード同様、片手に天秤を持ち、片手に剣を持っている姿です。違っているのは、裁判所の女神達は目隠しをしている点です。目隠しをしているのは、公平に裁くためです。私情をはさまず、天秤のふれ具合だけで判断するようにという「裁判」制度の持つ「冷徹さ」を象徴するかのような姿をしています。ちなみに目隠しをしていない像もあって、その場合は、大概目を閉じているそうです。

私がはじめて「正義の女神」を見たのは、ブリューゲルの銅版画「7つの大罪」シリーズです。異教徒を拷問している凄惨な描写の真ん中に、目隠しをして剣と天秤を持つ女性の姿がありました。その本では、その女性を「ユスティティア」と表記していました。アメリカの裁判所にはこの女神の像がある、という知識も同時に得たため、私は長い間、天秤と剣を持った女神の名前はユスティティアだと信じきっていました。しかし、あまりその名を聞くこともなく、その後、ギリシア神話のアストレーアとか、テミスという名前を知り、神話の神様にはいろいろな呼び名があるのだなぁ、なんて知識を得たというわけです。




さて「正義」とは何でしょう?「正義」とは悪を許さない「強さ」のことです。だから剣を持っているのです。「裁く」という行為が「正義」のカードにはつきまといます。「正義」の象徴する人物像は「裁く人」「評価する人」「許さない人」「厳しい人」です。会社で言うなら「上司」、学校なら「教師」という立場の人々があてはまりやすいでしょう。しかし、そういう立場に限らず、誰もが「正義」のカードになり得る可能性を持っています。なぜなら、すべての人の心には「自分の正義」というものがあるからです。

他人から見て、理不尽であっても、自分の「正義」に従って行動している人はたくさんいます。たったひとりで「正義」を追求しているならばいいのですが、人間社会では人と人の交流が不可欠です。お互いの「正義」が一致しているなら問題は起きませんが、食い違っていれば戦争になりかねません。戦いです。「正義」を理由にすべての戦争はひき起こされるのです。

日本の時代劇などでは「正義」を理由にクライマックスでは流血のチャンバラになり、悪党はバッサバッサと斬られてしまいます。「勧善懲悪」というヤツですが、よく考えれば、たいそうなバイオレンスです。この時、テレビのヒーローと、見ている我々の「正義が一致」しているので、何の違和感も感じません。しかし、仮に、自分の身内が悪者としてバッサリと斬られたりすると、ヒーロー側との「正義」は一致しませんので、こちらの「正義」をもって「仇討ち」に出かけたりするわけです。「正義」と「正義」のぶつかりあいというのは、甚だ激しく、その最たるものが宗教戦争ではないかと思います。

共同体における、お互いの利害の一致については、「教皇」のコラムで語りましたが、「正義」のカードの場合は、一致を見なかった場合の「断罪」の仕方が、もっと野蛮で「暴力的な行為」に結びついています。 ですから本当にそれが「正義」であるのか、を常に考えなければならないのですが、何が「正義」で何が「悪」なのか、ハッキリと答が出ることはおそらく永遠にないのです。天秤の皿の一方には自分の「正義」、もう一方には相手の「正義」をのせ、天秤が揺れ始めたら、どうにか「均衡を保つ」ように「調整をはかる」のです。




「正義」のカードは天秤座と結び付けられますが、天秤座が調和を重んじる星座といわれるのも、天秤の揺れを調整し、もっとも均衡のとれた状態を維持しようと努めるからです。天秤はただ量るためにあるのではなくて、2つの物事の「調整をはかる」ための装置なのです。ぴたっと均衡がとれることが理想ですが、なかなかそうもいきません。天秤はいつでも微妙に揺れていると思っていた方がいいでしょう。

その揺れが大きい場合は「もはやこれまで!」と、この人物は片手に持っている剣を振り下ろすことでしょう。その場合、振り下ろされた方は、大変なダメージを被ります。ですから、カードを展開させて、キーとなる位置にこの正義のカードが出たら、ちょっと気を付けなければなりません。その人物が、相談者本人であっても、第三者であっても、剣を振ることにならないよう気をつけるべきです。「調整をはかる」必要性をカードは訴えているのです。

「正義」のカードの人物は目隠しをしていません。その判断を本当に「公正」にするなら、やはり目隠しをすべきでしょう。しかし自分の目で見ているからこそ、自分にとって正しい判断ができるということもあります。何も見ないで、ただ目盛りのフレだけをもとに断罪することは、人間的ではありません。神話の神様だって、時としてとても人間臭い行動をします。それは神話を創ったのが人間だからなのでしょう。タロットカードも、人間が創った人間のための道具です。占いの現場では、カードに描かれた人物と、相談事に関係する人間関係を重ね合わせたりすることもしばしばです。神話的で崇高でゆるぎない真理をカードから読み取ることもできますが、実際は、もっともっとドロ臭い感じの解釈も出て来ます。剣を振り下ろしたくても、振れないこともある、そんな人間ぽい葛藤もまた、天秤の揺れから感じ取れるのではないでしょうか…。むやみに剣をふるわないことが肝要です。